2007年、東京マラソンがスタートした頃。かどやホテルにも、車椅子ランナーのお客様が宿泊する機会が増えてきた。
しかし当時の館内は、まだ車椅子利用者にとって十分な設備が整っておらず、廊下には小さな段差が点在し、客室内もスペースが狭く車椅子での移動が難しい状況だった。さらに、手すりなどの補助設備も設けられていなかった。
「すべての方に快適な旅を楽しんでほしい」との思いから、竹川氏は、手すり付きのユニットバスなどを備えたバリアフリー対応の客室を整備。多様なお客様を受け入れる体制を、いち早く整えてきた。
あるとき、以前に宿泊された車椅子利用者の紹介で、別の車椅子利用者の方が宿泊された。しかし、その方から「この部屋は私には使いづらかった」とのご意見をいただいた。
竹川氏はこの出来事を通じて、障害の種類や程度、体の使い方によって必要とされる配慮が大きく異なることを実感したという。たとえば、右手が使える方と左手が使える方では、手すりの付け方ひとつ取っても使いやすさがまったく変わる。設備を整えたつもりでも、すべての方にとって使いやすいとは限らないことを痛感し、バリアフリー対応の奥深さと難しさを改めて認識した。
せっかくかどやホテルを選んでくださったお客様に残念な思いをさせてしまったことを重く受け止め、竹川氏はその方にお詫びの手紙を送ったという。
「どうすれば、もっとストレスのない宿泊空間を提供できるのか」
その問いと向き合いながら日々考えた。しかし、本格的なバリアフリー対応には、建物全体にわたる大規模な工事が必要となる。その負担は大きく、すぐに決断できるものではなかった。
しかし、竹川氏の脳裏には、宿泊後にご意見を寄せてくださったお客様の言葉が常に残っていた。その経験から、「バリアフリーは中途半端にすべきではない。取り組むのであれば、徹底的に行うべきである」と強く感じるようになったという。たとえ一度にすべての課題を解決することが難しくても、よりよい環境を整えるには、自ら一歩を踏み出すしかない。そうした覚悟のもと、建築家にも相談しながらバリアフリー対応を本格的に行う決意をする。竹川氏は、2020年度と2021年度の2回にわたり「宿泊施設バリアフリー化支援補助金」の申請に踏み切った。障害の状況にかかわらず、どのようなお客様にも快適に過ごしてもらいたいという思いが、竹川氏を大規模なバリアフリー改修へと踏み切らせたのだ。
事例紹介
すべての人が安心して泊まれるホテルを作る
~自らの経験から改善点を見つけ、作り上げるバリアフリー
- 活用した支援メニュー(最新版)
- 宿泊施設バリアフリー化支援補助金(令和7年度)
事業者情報
- 企業名
- 竹川観光株式会社(かどやホテル)
- 所在地
- 東京都新宿区西新宿1-23-1
- HP
- https://www.kadoya-hotel.co.jp/

新宿駅西口から徒歩わずか3分という抜群の立地に位置する「かどやホテル」は、1972年4月の開業以来、宿泊客に寄り添ったサービスを大切にしてきた。ビジネスから観光まで幅広いニーズに応える多様な客室を備え、「飾らない一期一会のおもてなし」という言葉とともに快適な滞在空間の提供に力を注いでいる。
なかでも、「快眠計画」として寝具にこだわった取り組みは早くから実施しており、旅の疲れを癒すための心配りが宿泊者から高い評価を得ている。また、スタッフ全員がFace to Faceの対応を大切にし、常に温かな接客を心がけていることも、かどやホテルならではの魅力といえる。2025年現在、客室稼働率は95%を誇り、安定した人気を維持している。
今回は、同ホテルの2年間にわたる大規模なバリアフリー改装工事について、竹川観光株式会社の竹川司代表取締役に話を伺った。
<補助金・事業を利用したきっかけ>
お客様からのご意見が大規模な改装工事のきっかけに

<補助金・事業を活用した取り組み>
利用者のことを徹底的に考えて行った工事
補助金の申請後、社会では新型コロナウイルスの感染が広がり、かどやホテルも一時休業となった。この休業期間に、竹川氏はバリアフリー化工事を着実に進めていった。
まず、館内の廊下にあった段差を解消するため、車椅子でもスムーズに移動できるようスロープを設置。さらに、従来の客室は通路が狭くて車椅子での通行に適していない構造だったことから、元々3室分であったスペースを、広めのツインルームとシングルルームの2室へと再構成した。通路幅に余裕を持たせ、上下昇降が可能なクローゼットを導入。ハンガーに手が届きにくい車椅子利用者にも配慮し、低い位置への設置が可能な仕様となっている。
ホテル最上階にあった3人部屋についても、隣接する廊下の一部スペースを取り込むかたちで、4ベッドルームへと拡張。車椅子でも無理なく利用できるゆとりを確保し、家族での団欒にも対応できる設計とした。
これらの改修により、ホテル全体の客室数は従来の94室から87室へと変更された。客室ごとのゆとりを優先し、バリアフリー対応を重視した再構成である。客室数が減ったものの稼働率は高く、収益への影響は見られないという。
なお、工事は床のコンクリート構造の変更を含む大規模な内容であった。




<概算費用>
総事業費:約8,258万円(総事業費のうち補助金対象工事に関する金額)
そのうち補助金:約7,385万円
<補助金・事業の活用スケジュール>
申請:2021年10月
交付決定:2021年12月
実績報告書:2022年1月
額確定:2022年3月上旬
補助金受取:2022年3月下旬
<効果>
マイノリティの方の声にも耳を傾けていきたい

かどやホテルは、公式WEBサイト上でバリアフリー対応の客室や車椅子の貸し出しサービス、館内の設備情報を掲載している。また、バリアフリー対応のホテルとして紹介されることも増えてきた。設備やサービスが十分に整備されたことで、受け入れ体制に対する自信を持ち、積極的に情報発信を行っている。
さらに、障害のあるお客様の中には、口コミを聞いてかどやホテルに宿泊される方もいらっしゃるとのこと。こうした状況からは、バリアフリー整備が宿泊者の満足度向上につながっていることがうかがえる。
竹川氏は、自らが体感して課題を知ることを大切にしている。自らがさまざまな宿泊施設を訪ね、サービスを体感することで、不便に感じる点や改善すべき点を見つけ出してきたのだ。その中で、障害のある方や、高齢により身体の不自由を抱える方々にも、気兼ねなく旅を楽しんでほしいという強い思いを持ち続けているという。
「障害のある方は決して多くはないかもしれませんが、その一人ひとりに向き合うことが大切だと考えています」と竹川氏。
現在、かどやホテルのバリアフリー対応は、施設全体の約50%であり、今もなお段階的な整備が計画されている。竹川氏はこれからも、お客様の声を改善に活かしていきたいとのこと。
10年以上前であれば、バリアフリー対応に関して、健常者の宿泊者から「なぜ手すりが多く設置されているのか」といった声が寄せられる可能性もあったと考えられた。しかし現在では、館内の段差解消や手すりの設置といった取り組みが、特別視されることは少なくなってきている。
こうした環境がごく自然なものとして受け入れられつつあることは、バリアフリーの考え方が社会に定着し始めた証であると、竹川氏は語る。
今後は、東京都障害者スポーツ大会の開催も見据え、聴覚・視覚などに障害のある方への配慮として、更なるバリアフリー化に取り組む意向だ。マイノリティであっても、すべての宿泊者が快適に滞在できるように、かどやホテルはこれからも進化を続けていく。2025年11月には、第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025の開催が予定されており、聴覚障害のある方が安心して宿泊できるよう、環境を整備していく方針である。