港から車で20分ほどの時間で到着する大島温泉ホテルの利用者は、温泉と眺望を楽しみに宿泊するシニア層やファミリー層が中心である。春先は椿や桜などの花、夏は海水浴、秋冬は三原山ハイキングを目当てに来島するリピーターも多い。
リピーターが歳を重ねるにつれ、館内のバリアフリー化へのニーズも高まっていた。また、開館当初より全38室が旅館スタイルの和室だったため、身体上の理由から椅子やベッドの利用を求めて洋室を希望する問い合わせがあった際に、エキストラベッドの追加設置などの対応が必要なケースも生じていた。
そこで、かねてより東海汽船株式会社が島しょ地域のプロモーション等で協力関係にあった東京観光財団から紹介をうけ、2022年に「宿泊施設バリアフリー化支援補助金」を活用した施設整備に着手。高齢者や介助の必要な人も快適に泊まれるホテルを目指し、館内の段差解消や客室の改修などに取り組むこととなった。
事例紹介
客室のバリアフリー化と車椅子用段差解消機等の導入
〜リピーターを増やす「人にやさしいホテル」を目指して
- 活用した支援メニュー(最新版)
- 宿泊施設バリアフリー化支援補助金(令和7年度)
事業者情報
- 企業名
- 東海汽船株式会社(大島温泉ホテル)
- 所在地
- 東京都大島町泉津字木積場3-5
- HP
- https://www.oshima-onsen.co.jp/

1889年の創業以来、東京・神奈川などの港と伊豆諸島間の旅客や貨物の海上輸送を担う東海汽船株式会社。同社が1965年に伊豆大島で開業した大島温泉ホテルは、同島のシンボル、三原山の外輪山に位置し、雄大な三原山山体を間近に臨む眺望と、源泉掛け流しの温泉が自慢の老舗ホテルだ。
大島温泉ホテルでは長年にわたるリピーターも多く、高齢者や身体の不自由な宿泊客が増えてきたことから、サービス向上を目的に2022年に「宿泊施設バリアフリー化支援補助金」を活用した施設整備を実施。具体的には、客室棟へ向かう通路の階段を改修し車椅子用の段差解消機を導入するとともに、一部の客室を和室から洋室へと改修し、リクライニング機能付き電動ベッドを設置した。さらに、トイレや浴室での動作を補助する貸出用備品などを備えながら、誰もが快適に泊まれる受け入れ環境を整備した。
<補助金・事業を利用したきっかけ>
宿泊を断らざるを得ないケースも 高まるバリアフリー化のニーズ
<補助金・事業を活用した取り組み>
誰もが非日常感を楽しめる 人にやさしいホテルを目指して
エントランスホールから客室棟へ向かう通路にあった既存の階段とスロープを撤去し「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(バリアフリー法)に準拠した階段と車椅子用段差解消機を新設。全館和室だった38ある客室のうち、6室を洋室に改修し、その各室に2台リクライニング機能付き電動ベッドを導入した。
客室へは車椅子に乗ったまま入室できるよう、入口をバリアフリー基準まで拡幅し、廊下と客室との段差を無くした。客室内のクローゼットや化粧台などは、車椅子に乗ったまま使いやすいよう高さや奥行きなどが考慮され、室内の空間もベッドの上り下りや入浴時の介助者の動きなどを考慮した設計となっている。
また、宿泊客が必要に応じて使用できる貸出用の補助具も導入し、様々なニーズに対応している。なお、「宿泊施設バリアフリー化支援補助金」は施設改修を伴わない備品の購入のみでも利用が可能であり、民宿やゲストハウスなどの小規模な宿泊施設でも、バリアフリー化の一歩として利用しやすい。
大島温泉ホテルのバリアフリー化を担当した、東海汽船株式会社 経営企画室の宮﨑氏は、「お客様が旅行に来たことを心から楽しんでいただけるよう、人にやさしいホテルを目指しました」と語る。
和室から洋室への改修にあたっては、いかにもバリアフリー仕様の雰囲気とならないよう、高級感のある空間づくりに注力し、洗面台や便座などの備品も違和感が生まれないデザインのものを慎重に選んだ。全体の色や質感が調和したインテリアには、お客様に気兼ねなく島旅の非日常感を楽しんでほしいという思いやりが込められている。




<補助金・事業の活用スケジュール>
申請:2022年3月
交付決定:2022年7月
実績報告書:2023年3月
額確定:2023年5月
補助金受取:2023年6月
<効果>
これまで宿泊を諦めていた方も来館 部屋を指定するリピーターも

2023年3月から提供を開始した洋室は、宿泊客からも好評だ。特に、高級感があり、また好きな姿勢で休めるリクライニング機能付き電動ベッドが好まれているという。大島温泉ホテルの山川哲矢総支配人は「前回泊まったのと同じ部屋にと、部屋指定で予約を入れてくださるリピーターの方もいらっしゃいます」と喜ぶ。
補助金の活用により、身体的な不安のある宿泊客も安心して滞在できる受け入れ体制を整備できたことは新規顧客やリピーターの獲得につながった。さらに、新型コロナウイルスの5類移行に伴う観光客増加も追い風となり、洋室の稼働率は高いまま推移している。
館内にはバリアフリー化できていない箇所もあるため、今後も補助金などを活用した施設整備を進めていきたいという。
「ハードの整備が落ち着いたら、プロモーションにも力をいれていきたいですね。伊豆大島は立地の面でも観光資源の面でも恵まれているものの、島内二次交通のバリアフリー化や人材不足などの課題もあり、ポテンシャルを生かしきれていません。より良い観光受け入れができるよう、今日より明日、今年より来年と改善を続けていきたいです」と、宮﨑氏。
現在、伊豆諸島航路を運航する同社の大型客船船内にはバリアフリーに対応したエレベーターを備え、高速船では2020年に新造された「セブンアイランド結」がバリアフリー化に対応。車椅子も通れるようデッキから客室への通路を広く取り、多目的トイレを設置。船内の階段や港と船をつなぐボーディングブリッジに、移動を補助するためのリフトが設置されている。
誰もが気兼ねなく過ごせるための心配りは、ハード面だけにとどまらない。大島温泉ホテルは、2023年に様々な心身の特性や考え方を持つすべての人々が支え合う「心のバリアフリー」認定を取得した。「様々な方に快適に過ごしていただけるよう、従業員への接遇研修やトレーニングを実施し、ソフト面でのバリアフリー化も進めています。」と、宮﨑氏。
受け入れ側と旅行者、双方の心の段差を小さくしていくことで、誰もが旅しやすい伊豆諸島へ。2025年に創業から60年を迎える大島温泉ホテルは、「人にやさしいホテル」を目指して歩みを進めている。