システム化を進めた背景には、かねてより悩まされてきた慢性的な人材不足があった。人口減少が進む離島では、従業員の確保も簡単ではない。そこで宮代支配人は、コロナ禍をきっかけに他地域で職を失った外国人人材を積極採用するようになった。
ホテルや旅館など、国内の宿泊業界では10年ほど前から多くの外国人スタッフが現場を支えるようになってきた。しかし、コロナ禍での大量解雇や円安を背景に、日本離れも進んでいる。外国人スタッフの母国では、海外資本の企業が好条件での現地採用を進めているという話を聞いた宮代支配人は、世界的な労働市場の動向を見据えながら「働く環境を魅力的にしなければ、人材確保が難しい時代が早晩訪れるだろう」と危機感を募らせていた。
ネパール、ミャンマー、ラオス、フィリピンからやってきた外国人スタッフには、電話応対での「言語の壁」が高く立ちはだかる。日本人のリピーターが多い八丈ビューホテルでは日本語でのコミュニケーションが多く、電話応対が長引くことでフロント業務が滞る事態も発生していた。
そこで宮代支配人は「電話が怖い」という外国人スタッフの課題を解決するべく、電話応対をIVR(音声自動応答サービス)でスマート化。その他チャット、メール、AIで基本応対をする体制とし、オペレーターが必要な電話応対は本土側の本社営業所で対応をすることにした。
更に「観光事業者のデジタル化促進事業補助金」を活用し、スマートキーを導入するとともにホテル業務に関する情報を一元化するシステムを構築。ホテルの運営体制をがらりと変える一大改革に乗り出した。
事例紹介
入退室や清掃を管理するシステム導入で「働きやすさ」を実現
〜お客様の満足度向上と人材不足の壁突破を同時に叶えた離島のホテル
- 活用した支援メニュー(最新版)
- 観光事業者のデジタル化促進事業(令和6年度)第2回
事業者情報
- 企業名
- 八丈ビューホテル株式会社(八丈ビューホテル)
- 所在地
- 東京都八丈島八丈町大賀郷4422-1
- HP
- http://www.hachijo-v.co.jp/

八丈島の高台に位置する八丈ビューホテル株式会社(以下、八丈ビューホテル)は1976年5月創業の老舗ホテル。亜熱帯の自然と太平洋を望む美しい景観を誇る。1999年にホテルの経営を引き継いだ宮代昌秀支配人は、八丈島ならではの自然や文化の魅力を空間やサービスに取り入れる一方、最新技術を導入することでホテルの魅力向上に取り組んできた。
その一つが、2023年1月より「観光事業者のデジタル化促進事業補助金」を活用しながら導入した「入退室統合システム」や「清掃管理システム」、「ランドリー使用状況監視システム」だ。スマートロックやオンラインチェックイン・チェックアウト、清掃状況やランドリー使用状況を確認できる仕組みは、従業員の働きやすさと宿泊客の利便性を向上させた。
<補助金・事業を利用したきっかけ>
多国籍なスタッフが働きやすいホテルに 将来の人材確保を見据えデジタル化の一歩を踏み出す

<補助金・事業を活用した取り組み>
スマートロックとシステムで情報を一元化 スタッフの負担を減らしながらお客様の満足度も向上




部屋ごとに発行される暗証番号を入力すると入室できる「スマートキー」の導入により、シリンダーキーを廃止。更に「入退室統合システム」により、非対面でチェックイン・チェックアウトできる仕組みが構築されたことで鍵の受け渡しが不要となり、フロント業務の省力化につながった。
加えて導入した「清掃管理システム」では、清掃担当者が手元のタブレット端末で各部屋の在・不在と清掃状況をリアルタイムに把握でき、少ない人数でも効率的に客室清掃を進められるようになった。
システム化により、滞在をより快適にするサービスも充実。宿泊客は、滞在中の問い合わせやリクエストをスマートフォンからいつでも気軽に送受信でき、コインランドリーの使用状況もスマートフォンからリアルタイムで確認できるようになった。
<概算費用>
総事業費:約1,539万円
最終補助金支払額:約933万円
<補助金・事業の活用スケジュール>
申請:2022年10月
交付決定:2022年12月
実績報告書:2023年12月
額確定:2024年2月上旬
補助金受取:2024年2月下旬
<効果>
生まれた余裕で接遇に注力 スタッフが働きやすいホテルは宿泊客も居心地の良いホテルに

宮代 昌秀 支配人
宮代支配人はホテル業務のデジタル化を進めた効果について「スタッフがおもてなしや接客コミュニケーションに注力できるようになったのが大きい」と話す。心理的なゆとりが生まれ、その分きめ細やかな接遇ができるようになった。お客様に喜んでいただいた経験は、ホテルマンとしての自信になる。働きやすい環境が生まれたことによって、スタッフの口コミで働き手が集まるようになり、以前のように採用で困ることがなくなった。現在は従業員20人のうち外国人スタッフが半数ほどを占め、なくてはならない戦力となっている。
八丈ビューホテルでは他にも、各種補助金を活用した施設のバリアフリー化や、再生可能エネルギーの活用も進めている。ホテルの一角にはEVカーの貸出ステーションを設置し、レンタカーの充電状況をシステムで把握・管理することで、「夜間に星空を見に行きたい」など短時間の需要にも対応する。お客様にも、働き手にも、環境にも優しいホテルを目指し進めてきた改革により、八丈ビューホテルは正月などに宿泊客の4割をリピーターが占める「もう一度泊まりたい」人気ホテルとなっている。
そんな八丈ビューホテルが目指すのは、八丈島全体の観光振興。その取り組みの一つがコロナ禍の2020年春から休止している「夕食の提供」だ。旅行や外出の自粛が呼びかけられるなか、宮代支配人は経営危機に悩む島内の飲食店4軒から相談を受けていた。「一緒に頑張りましょう」と経営者を励まし、相談に乗り、様々な支援制度を調べて融資につなげてきた宮代支配人は、「観光は『地域の光を観にくる』と書きます。島にある一軒一軒のお店が、島の光。一つでも絶やしてはいけないと思っています」と語る。
八丈ビューホテルの公式サイトの「旅ナカ情報」には島内の観光情報が分かりやすくまとめられ、八丈島観光協会が提供する観光情報サービス「八丈島観光アプリ」とも連携している。「ホテルは地域のハブとなる施設。飲食や観光ガイドなど、地域の事業者が共に輝く観光に取り組んでいきたい」と笑顔で語る宮代支配人の視線の向こうには、島の明るい未来が描かれている。