大衆演劇の舞台は、芝居と舞踊ショーの2部構成になっていることが一般的だ。公演時間は約3時間半におよぶ一方、料金は2000円ほどとリーズナブルで、古くから庶民の娯楽として根強い人気がある。
2020年に始まったコロナ禍で、主な顧客が高齢者だった同社の劇場運営は危機的状況に陥った。さまざまな補助金や助成金などを活用して細々と運営していた2022年9月、それらの申請をサポートしてくれていた経営コンサルタントから、SNSの利用を提案された。コロナ禍が明けたときに再び来場を促す布石として、劇場に来られない間も大衆演劇とのつながりを持ち続けてもらう狙いだ。
同時に、水際対策緩和後のインバウンド増加を見据え、いずれ収益の一つの柱となるよう、外国人向けのSNSも始めることにした。「アドバイザーを活用した観光事業者支援事業補助金」を活用すれば、海外向けの事業に補助が出ることを知り、申請を決めた。
事例紹介
大衆演劇の魅力 ショート動画で海外へ発信
~新たな客層獲得への第一歩
- 活用した支援メニュー(最新版)
- アドバイザーを活用した観光関連事業者支援事業 (令和7年度)
事業者情報
- 企業名
- 有限会社篠原演劇企画
- 所在地
- 東京都北区中十条2-17-6
- HP
- https://www.shinohara-engeki.jp/index.html

浅草と十条の都内2カ所で大衆演劇の劇場を運営する有限会社篠原演劇企画。全国各地を巡業する劇団を月替わりで誘致し、毎日違う演目を提供しており、劇場には多くのファンが集まる。また、全国各地の劇場に劇団をあっせん・派遣する業務も手掛け、いわば業界全体のプロデュースも行う。
同社は2022~23年にかけて「アドバイザーを活用した観光事業者支援事業補助金」を活用し、大衆演劇の魅力を海外へPRするため、3つのSNSでショート動画の投稿を始めた。
<補助金・事業を利用したきっかけ>
SNS活用 アフターコロナの布石に

<補助金・事業を活用した取り組み>
ちょんまげにスーツ 洋楽に乗せてダンス

2022年10~11月にかけて、アドバイスを受けつつ準備を始めた。「短い動画で魅力をPRできるTikTokなどのプラットフォームを使うべき」という助言のほか、使う音楽についてもアドバイスがあったという。
美しい衣装と華やかなメイクは、日本ならではの文化として外国人の関心を引く。コロナ禍以前も時折海外からの問い合わせがあり、実際に劇場を訪れる外国人もいたが、客層に占める割合は高くはなかった。外国人は、日本語の飛び交う時代劇をほとんど理解できないうえ、伝統的な日本舞踊もすぐに見飽きてしまうからだ。「飽きられないようにするために、外国人が慣れ親しんできた洋楽や、それに合わせたダンスを取り入れた方がいい」と助言を受けた。
外国人向けにInstagram、TikTok、YouTubeの3つのSNSに「チョン烈(海外表記:Chon-Lets)」というアカウントを新たに開設した。振付や舞台演出などマルチに活動する動画クリエイター・カケタクさんに動画の全面プロデュースを依頼。スーツにちょんまげ姿の男性4人が、音楽に合わせてコミカルにパフォーマンスする動画を投稿することにした。動画は飽きずに最後まで見てもらえる20~30秒程度で、BGMは多くが洋楽。浅草や東京駅といった都内のほか、全国の公演先などで撮影する。2022年末に最初の動画を投稿して以来、1週間に1、2回のペースで、3つのSNSに同じ動画をアップしている。
アカウントを開設して半年余りで、フォロワー数はInstagramで約4600人、TikTokで約5200人、YouTubeで約5500人まで増えた。YouTubeでは、最も多い動画で再生回数が200万を超えた。同社代表取締役の篠原正浩さんは「想定以上に反応がよかった」として、補助金の交付を受けた後も、動画制作は自費で継続することを決めた。「外国人にとって『興味はあるが、長くは見られないもの』だった大衆演劇と、短い動画との相性がよかったのだと思う」と振り返る。グッズを展開して収益化することも視野に入れているという。
概算費用
総事業費約330万円(動画撮影・編集費など)のうち、対象経費300万円
補助額は200万円
補助金・事業の活用スケジュール
アドバイザーからの助言を受ける:2022年10~11月
※篠原さんは「文化コンテンツである大衆演劇が『観光コンテンツ』でもあるということは、助言がなければ知ることはできなかった」と振り返る。
申請:2022年12月
交付決定:2023年1月
実績報告提出:2023年5月
額確定:2023年6月
補助金受取:2023年6月
<効果>
SNSでのバズり 実際の動員につなげたい


篠原正浩 代表取締役
SNSを見てファンになったという人が、実際に劇場へ足を運んでくれることも増えてきた。動画撮影時、偶然その場にいたオーストラリアのツアーコンダクターから「パーティーでパフォーマンスをしてほしい」と依頼を受け、実際に劇団を派遣したこともあった。篠原さんは「どちらも今回の事業の成果だと思う」としたうえで「オンラインで伸びたものを、さらに実際の動員につなげていきたい」と話す。
コロナ禍前に劇場を訪れる外国人は中国や欧米の人が多かったが、SNS上では東南アジアからの反応が大きく、篠原さんは潜在需要の大きさを感じている。2023年3月、警視庁王子警察署と協力して十条で開催した花魁道中のイベントを撮影し投稿したところ、タイやベトナムなどでは35万回ほど再生された。「イベントに参加してみたい」というコメントが多かったことから、年内には再度花魁道中を計画している。花魁道中では、チョン烈の動画をプロデュースするカケタクさんをはじめ、さまざまな媒体で活躍し、延べ1500万人ほどのフォロワーを抱えるインフルエンサー数人とコラボレーションすることが決まっている。そのフォロワーのほとんどは、従来大衆演劇がリーチしていなかった若年層や外国人層であることから、可能性を感じているという。
また、今回の事業を通じて「衣装を着て殺陣などの立ち回りをする様子を撮影し、動画にするまで」を体験コンテンツのパッケージとして提供していきたいという目標も見えてきた。大衆演劇の新たなフェーズから目が離せない。